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11.実のなる木
 
●柿
 ・『柿』、柿の木は比較的多く植えられてあった。甘柿と渋柿があり、渋柿は干し柿に剥いたり、膿ませて熟柿にした。
 甘柿の種類では、アマガキ(小型で薄味、剪定摘果すれば大きくなり甘くなったであろうと後になって思った)
チテンポガキ(極小型で進化が進んで居ない在来種状)、アオガキ(霜が降るころにゴマがたくさん入って甘くなる)、
フユガキ、渋柿ではタティシ、デンジボ、フジサン、ゴショガキ、ヒヤクメガキその他半明旦という柿があり渋いものと甘い物が
交ざっていた。
 
 干し柿はタテイシが主で、江戸時代大桑村で盛んに販売していたというデンジは比較的少なかった。
熟柿にはフジサン、ヒャクメガキ、ゴシュガキ、タテイシなどが使われた。干し柿は一吊リ100個位刺したものを10〜20枚も
吊って干した。熟柿は正月のとしの初めに歯固めと言って、冷たい柿を食った。柿の皮は干して、食用にしたり、漬物に入れ
て甘味料とした。フユガキは吉野では気温が会わないのかよい品質の物が出来なかった。
 
●ハランキョ
・『ハランキョ』(はだんきょうのこと)(今はプラムと言う)『はらんきょ』は各家に高さ10〜20メ」トル位の大木が1〜2本、植えて
あった。子供は熟すのが待ちきれずに青い渋くて酸っぱい味のする実でも待ちきれずに食べていた。
熟すと皮は紫暗色になり、実は黄色になって甘酸っぱい美味な果物であった。《写真a》
 
此のほかに小さくて酸っぱいスモモ(在来種の様な)もわずにあった。
 
 
記事:
<a.ハランキョ写真>


『ハランキョ』はオレの家には無かったが、2軒隣の一番よく遊んだ友達の
家にあり、もらってよく食べました。熟れると少し柔らかくなるが甘くて美味しかった。
 
ただし、文中のように待ちきれず食べ、熟れる前の青い実は確かにスッパかったが、
ほとんどは青い時食べたので、美味しいより酸っぱい記憶しか残っていない。
 


 
<b.カヤの木 & 実の写真>
この「小史」に漏れていますが、カヤの実(ガヤと言っていた)吉野には沢山ありました。
<左から、bカヤの木、・cカヤの実、・dカヤを炒めた実>
  
カヤの実は生では食べられませんが、フライパンなどで炒ってから、皮を剥いて食べると、カシューナッツ のような味で
大変美味しい。自分の家にはカヤの木は無かったが、正月など友達の家に遊びにいくと炒ったカヤの実が必ず出ました。
 
<e.クルミの写真>
この「小史」に漏れていますが、クルミの木が吉野には沢山ありました。

山では無く、家の近くの各家の敷地にクルミの木がありました。どこの家も大体
同じですが、家から少し離れた場所に竹やぶがあり、そこには竹の他に、
「ホオの木」(葉っぱでホオバ巻き作る)、クルミの木が植わっていました。
 
秋になるとクルミを拾ってきて保管して置き、餅をついた時、まだ餅が温かいうちに、
クルミ汁を付けて食べました。美味しかったが、それより子供のころの記憶として覚えて
いるのは、囲炉裏で実を熾きで炙り少し焦げた程度で取り出し、実を割って中の食べ
る所を取り出しす作業をやらされました。すり鉢で擂るのはお袋やってくれました。
 


 
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