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この上流には吉野の個人割用山があった。この近くを吉野寄りの方にいくと小川が流れており(黒いイワナが泳いでいた)、
ドロノキ、ヤナギの大木か有った、此処には炭焼きが居た、ここの上の方に水が流れ出て居る所があり、その直ぐ横には
炭焼きが木を切りに行く山道が付いており、カンナ木の房茫芽更新をしていた。上にあがり切ると平らの林が有り蕗の大きな
ものが各所に生えていた。
 
この平らから『みっさ』の方に下がると、宮林になり、途中に桧等が生えたまま陥没している所がある。(何故落ちたのか?
大崩壊すると滑川にダムが出来る可能性がある)地質は赤土が見えていた、陥没した斜面を用心しながら渡って来ると尾根
に出て、そこを過ぎると、『みっさ』の『そまごや』の下だ。此の尾根は風がよく渡り木の葉擦れの音が絶えない。
 
大正時代頃この上流の『はぎばのたいら』と言うところで、大崩落が有りダムが出来ていたらしい、そこも滑川左岸の崖錐
大地の下に当たる場所である。今確認出来るかどうかは解らない。
 
・『ほやのき』のハバの下の滑川の端、『のじみち』の下りた所に清水が滾々とわき出ている場所がある(今は上松の水源地)
小路の丸き橋の直ぐ上に穴がありそこから出ていた、足音を忍ばせて流出口に近付いて見ると、巨大なイワナが悠々と泳い
でおった。その下の竹やぶで覆われている辺りにも真っ黒く見えるイワナが棲息していた。
 
河原には所所、松や榛の木の生えた林が出来ていた。大水が度々出た、急な川の割に、河川工事などは一切無かった。
大水の時は北股が崩れて大量の石が流れ出し河床を転がって泥水と共に流下して行った。
たまには、川道が変わったり、ニ筋になったりてしまうことも有ったが川筋が大きく移動したリー部が極度に洗屈するなどの
ことは無かった。大川で魚釣りをする人は見かけなかった。
 
或るとき川干(二筋の片方を締め切ってもう一方の川の流れを止める)してタナビラを15匹くらい捕ったのが最高漁獲だった。
 
記事:
『みっさ』の『そまごや』の下、『ほやのき』の地名は聞いた記憶はあるが行ったことは無い。滑川の上流へドンドン歩いて
行った事がないので、今度帰省のとき時間が有ったら歩いてみたい。
 
 
■裏通学路(小川に舟を浮かべ、遊びながら登校)
この小川は吉野と直接関係ないので小史に出てこないが、前ページ「栃の橋の寝覚め側には寝覚用水路の取り入れ口
があり、水神様を祀ってあった」との記述がありますが、橋の少し上流には「寝覚用水路」のほかに「上松町用水路」が
ありました。ここに記述の舟を浮かべ、遊びながら登校は町まで流れている「上松町用水路」の話です。
 
<a.遊びながら登校のルート図>

左図、青色線が上松町用水のルートで、小川に
沿って小道がありました。吉野橋から寝覚めの
国道19号に出る途中から、小川に沿ってある
小道に入りました。ピンク色点線は通常の国道
19号を歩く登校路です。
 
吉野から通う小学生の約10人(男子のみで女子
と一緒に歩く風習は無かった)は、小川の小道
に出るまでに、枯れ枝を拾ったり、笹の葉で小舟
を作ったりして、競争に使用する小舟を準備した。
 
小川の小道に入ったら、ヨーイドンで一斉にに川
に小船を流し、誰の舟が一番早いか競争した。
流れが速くて走って舟を追いかける場所も少しは
あったが、殆どは子供が普通に歩くスピードと
同じだった。

小川の細道は約30分で小学校が見え、小川も終わる場所に着くので、そこでレースは終了です。今日は誰の舟が1番で、
誰のが2番等、大騒ぎすりだけですが、1里の通学距離もまったく気にならず、遊んでいる間に付きました。
 
毎年夏になると、この遊びながらの通学は数週間続くが、知らないまに飽きてまた国道19号の普通の通学路に戻りました。
(写真のRの記述が新国道19号ですが、ピンク点線が当時の国道19号です)
 
追記1: 
・この小川沿いに通学は60年以上前の話で、現在もこの「上松町用水路」が同じようにあるか判りません。
・小史で、丸太橋の横に寝覚用水路となっていますが、実際は水の取り口は、寝覚用水路が上流で橋の横は上松町用
 水路で、途中で2個の用水は交錯していました。交錯しているのにワザワザ水の橋を付け合流してないのは、用水路
 の利権争いか、先に建設した方が水を分けて上げない等の問題があったと思われる。理由は町の歴史書に記載がある
 かも知れないが特に調べてないし、現在も交差しているか未確認です。
 
追記2(2017/10/21): 
<遊びながら登校の小川の写真>
上記の裏通学路の小川の写真を帰省時撮ってきたので追加します。

この写真は昔の面影が残っている小道ですが、
町付近の約1qの小川・小道は整備され、車の
通れる約3m幅の道路になっており小川は
見えません。
 
また、上流側の小川の一部はU字のヒダ付き
ブリキ板で整備されており、昔の面影は
有りません。

 
<寝覚用水路と上松町用水路の交差写真>

滑川からの取水は1箇所ですが、交差の所は、
写真のように昔と同じように今も交差していました。
 
交差上側は上松町用水路で、上の写真の
小川となります。
寝覚用水路は、上松町用水路の下を
通って、寝覚め方面に流れて行きます。
 

 
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