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●じほところ
・『じほところ』ここは花崗岩の風化の強度に進んだ地質で崩れが多く、昭和の初めころは砂防工事が行われ、砂留め
堤防を作ったり、ニセアカシャ、ヤシャブシ、ハンノキなどの砂防用樹木が植えられ、土砂防止林に指定されている。
この上の方には「シナネ」と言う断層粘土の有る場所がある。縄文人が土器を焼く材料にしていたかも知れない。
花崗岩中の長石が多く含有されてることは確実で、今のセラミックというものは長石の粉末を主原料として練り型に入れ焼
いて作ったものである。
 
この近くの『さんど』などにはマッタケ、ロウジ等の高級茸が生える場所が点在していた。
(木曽街道は西久保から分岐して此の辺りを通った時もある、と言う説もある)
 
●ふかさ
・『ふかさ』此処の深沢も水が流れている、此の水は小野の滝へ流れて行く。ふかさの上流は『さんど』、ここには木曽谷の
各地で少量づつ産出される、石灰岩の露頭や転石が散在している、太古の時代海の底であった部分である。
ここの石灰岩は動力、熱変成が進んでいるため、古生物の化石は見当たらない、戦時中、蛍石がでるということで山師がよく
調べに来ていた、溶鉱炉に入れる鉱物に混ぜて入れ、窯の孔から熱した鉱物を取り出すときに粘らないよう滑り出しを良くす
るために使うらしい。ここには昔石灰岩を焼いて石灰を作っていた跡があった。戦時中も伏せ焼きの炭を焼く人がいた。
 
●さんど
『さんど』の上は『たかりや』『まえのばた』『ひかんべら』『ほらろの天辺』 とつながっていて、上には痩せた赤松が根をむき
だしにして生えている、姫小松の大木等もある、急な斜面で所々風化花崗岩が剥き出しており、鹿食した落ち葉の層厚が
少ない痩せ地であり林相も貧弱な場所だ。(このあたりはヤスデの大群が発生する年がある)
 
 
記事:
■子供のころ「粘土」を取りに、近所の友達の兄に付いていって行きました。数回行ったことがあるので場所は大体覚えて
いるが、地名は忘れて思い出せない。多分上記に記述の「シナネ」と言ったかも知れない。粘土が取れる場所は此処しか
無いが、横穴のように掘った跡があり、吉野の人は粘土が必要になると此処に取りに来たようです。
 
■石灰岩のある所は上記の、小野の滝の上流の川にあり、ここで拾うことができた。小学校時代の話としては隣の家の
友達の兄が、庭に置く変わった石を取りに行くと言うので付いて行ったことがあるが、そこが『ふかさ』の沢だった。
石灰石の間に別の石が断層になって挟まった石や、石灰石の周りが深く切れ込んだゴツゴツした石など、珍しい石を沢山
拾って来ました。
 
その記憶があったので、現在住んでいる所に家を建てた時小さな庭を造ったが、庭石の一部は田舎に帰った時、『ふかさ』
まで行き、変わった型の石灰石を拾ってきて、我が家の庭石にしました。
 
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