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(2)弥生人
今からから2300年前ころ金属器を持って九州方面に渡来して来て始めて日本に稲作を伝えたと言う、所謂「弥生人」は近
畿地方から岐阜県あたりまで広がったとされており、東日本には、弥生人の人骨は殆ど無い(植原和郎・梅原猛・アイヌは
日本本人か)弥生人は縄文人とはそうとう違っている。
吉野では今回の調査で弥生時代後期の土器が僅かに発掘された事が中間報告されているが、弥生時代人の住居跡などの
遺跡は見つかっていない。
 
 吉野にも、古モンゴロイド的特質をもった縄文人が棲んで居たことは今回の発掘で明らかになった。しかし弥生人の生活
痕跡の無い事も判明した。すると縄文人はどこえ行ったのか?
 
 人類学者(梅原猛など)の最近の説では、「日本には原住民としてモンゴロイド的特質をもつた縄文人がいた。それが独自
の進化を遂げて現在のアイヌになった。ところが和人のほうわ外来人であろうと思われる農耕民(渡来して来た弥生人)が
入ってそれと混血する。それが小進化を遂げて現在の和人になった。
もちおろん文化の違い、生活地域の違いは考慮しなければばらないが、大筋そう考えてもいいと思う。」と述べられている。
 
◆1.農耕民族
九州に上陸し、弥生時代から古墳時代にかけて、次第小進化しながら、東へ広がっていった農耕民族(渡来弥生人と日本で
混血した人)は近畿地方から岐阜地方まで進化をしながら広がつて行った。
 
そして、やがてその人達が、吉野にも入って来た。そのころは前から居た縄文人は独自に進化してアイヌ人のようになって
いたか? 或いはすでに逃げていたか? 侵入してきた人達と混血して残ったかこれは解らないが、現在の吉野の人達は
此のような経過をたどつて進化をとげた和人である。
 
◆2.近畿人との違い
近畿人と朝鮮人ば非常に近い、近畿地方の人はそうとう弥生人の混血の影響を受けて居るとことが想像されるらしい。
その人たちが大和朝廷をつくって一大勢力を形成したといわれている。
 
◆3.中部・新潟・東北・千葉の人達
同じ日本人でも近畿人とはかなり違った形質を持っていて、それらの人達は比較的濃厚に縄人の遺伝子を持っている。
(アイヌは原日本人・梅原猛・植原和郎・小学館創造選書より)とされている。
何れにしても、アイヌと和人の関係は両者は同じ縄文時代人を先祖としてそれぞれ多少違う方向に小進化したに過ぎず、
いわば両者は兄弟関係にある。
 
◆4.吉野生の人の祖先は縄文人(和人)
吉野で生まれた人達はの、遠い祖先は間違いなく『縄文人』であった。(終戦前までに吉野で生まれた人は、大和朝廷を
作った朝鮮人に近い「弥生人」とは明らかに異なった本当の『和人』である。(現在の人は弥生人と混血た人と混血
している人も居る?)。
 
関連記事:
[1]吉野から出土した土器
以下の写真は、上松町公民館の図書室展示されている土器を、2016/10/31日許可を頂き撮影しました。
 

 

 

 

 

 

 

 
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